
身近に刀鍛冶がある環境で育つ
家は江戸時代末期からの刀匠の家系で、父親は宮入清平刀匠、伯父は人間国宝・宮入昭平刀匠という刀鍛冶・職人が身近にいる環境で育ちました。小学4年生まで父親が鍛冶場を構えていた立科町で過ごし、その後宮入の故郷である坂城町に引越しました。子ども時代は近所の仲間と外で遊ぶことが多く、性格は活発で負けず嫌い。工作など手を動かす作業や絵を描くことも好きでした。家が鍛錬場のため、お弟子さんがいて、学生時代の長期休みはお弟子さんと同じように家の手伝いをして過ごしました。職人の世界で生きていくことの厳しさを肌で感じていたこともあり、高校生のときに、家業を継ぐか、全く別の道に進むか迷いました。美術や工芸、歴史にも興味があったため、「刀の世界にも通じるものがある」との思いから國學院大學文学部に進み、史学を学びました。 大学在学中は卒業後の進路について悩みましたが、夏休みに訪れた石川県で隅谷正峯刀匠に出会い、隅谷刀匠の人柄、仕事に対する姿勢に魅かれ、刀鍛冶になること、隅谷刀匠に入門することを決めました。

2つの流派を学ぶ
当時、宮入一門の人間が別の流派に入門することはタブーとされていたため、伯父をはじめ周りから強い反対がありました。しかし、様々な縁が結ばれて大学卒業後に隅谷刀匠に入門することができました。隅谷刀匠の下で過ごした5年間はとても充実した時間で、師匠の仕事を見ながら技術を覚えることは当然ですが、「自分で考えて動くこと」を大切にする師匠の考えもあり、長期休暇などには自分自身でさらに鍛錬を積み、仕事に対して自分の理想や信念を確立していく期間でもありました。
その後は地元に戻り、清平刀匠へ入門し修業を積むのと同時に、現代刀職展への出品も始めました。毎年出品を重ね、8回目の特別賞を受賞した39歳のときに、刀匠として抜群の技量が認められた人にしか与えられない「無鑑査」に認定されました。
ちょうどその頃「父親の下から独立して静かな場所に鍛錬場を構えたい」という思いが湧き、各地を巡るなかで北御牧村の村長と出会い、八重原に鍛錬場を作りました。長野県らしい風景が広がる静かな環境で、制作に没頭することができ、55歳のとき長野県無形文化財に認定されました。

高い技術力を認められ
過去には、ニューヨークのメトロポリタン美術館に収蔵刀整備のため招聘されたり、正倉院宝物刀子の再現模造制作など、多くの依頼がありました。再現模造の制作過程は、作られた当時の時代背景や、刀に使用されている素材や技法を探り、刀を作り上げることが要求されます。時には完成まで4〜5年程かかることもありました。大変さはありますが、鉄の面白さや奥深さを感じられる仕事です。 刀の製作は創作性を持ちひとつの作品を作り上げることから、自身を「刀剣作家」と名乗っています。ゲームなどで日本刀が身近になったこともありますが、日本刀を美術品として興味を持つ人も増えています。今後は自分の作る刀の個性を完成させていくことも大切にしていきたいです。
みやいり のりひろ 1956年立科町生まれ 1978 年國學院大學文学部卒業後、石川県松任市(現:白 山市)の人間国宝・隅谷正峯氏に入門 1984年父 親の宮入清平氏へ入門 1984年「現代刀職展」の コンクールに初出展後、毎年出品し、数々の賞を受 賞 1995年「無鑑査」に認定される 1996年北御 牧村八重原(現:東御市八重原)に鍛刀道場を構え る 2011年長野県無形文化財指定
